天満 類子

てんま るいこ

天満 類子 Ruiko Tenma

環境学部 建築デザイン学科 助教
出身:広島県広島市(広島女学院高等学校)
r.temma.7y@it-hiroshima.ac.jp

棚田、古民家・・・日本古来の集落には、人の知恵と願いが詰まっている。

なみなみと水をたたえ、青々とした稲を実らせる「棚田」。ちょっと前ならあちこちの山間部で当たり前のように見られた、美しい風景です。棚田は単に美しいだけではなく、そこにたくさんの人のさまざまな知恵が反映されている、と天満先生は語ります。棚田や古民家に込められた知恵や人々の営みの歴史は、後世に受け継ぐべき文化遺産なのだ、とも。高齢化で住民がどんどん減り、限界集落化が進行する農村をどう保全するかという難しいテーマに先生は挑戦しています。

一見、同じように見える「棚田」も、地域によってさまざまに異なる。

福岡県南東部に「うきは市浮羽町」という地域があります。北部に筑後川が流れ、南部に耳納連山が広がる、豊かな自然に恵まれた所です。山間部の新川・田篭地区に行くとつづら棚田に茅葺きの民家群と、まさに日本の原風景にあふれています。
その棚田は、自然によって形成されたわけではありません。肥よくな平野に恵まれない中、収穫を最大化するにはどうすればよいか・・・という山間で暮らす人々の多彩な創意工夫が発揮された結果なのです。
棚田をつぶさに見ると、地域によってさまざまな違いがあることがわかります。谷川地形に形成される棚田は、山から流れ出た谷川に沿って、ぶどうの房のように広がります。これと異なるのが、イデ(井手)を利用した棚田です。イデとは、水量の豊かな川に堰(せき)を設け、そこから水を引いて斜面上の棚田に給水する仕組み。長いもので数キロメートルにもおよびます。谷川だと少雨時は干上がることもありますが、イデの場合、一定の水量を保つ川を利用するため、その心配はありません。水源から離れた棚田にも給水できるので公平性も高いのです。集落全体で豊かになろう、という人々の願いがこうした工夫を編み出したのだと思うと、棚田にある種のロマンを感じます。

うきは市 新川・田篭地区の中央を走る隈上川流域に広がる棚田の景観

1階に作るべき「座敷」を、2階にも作ったのはなぜ?

古民家にもいろいろな知恵が見えてきます。棚田と同じく新川・田篭地区でのケースですが、ある茅葺き屋根の民家を手がけた大工がいました。茅葺き屋根は、数年経ったら新しい茅に葺き替えないといけないのですが、これが重労働なんです。瓦屋根であれば、保全の手間がかかりません。そこで家主は瓦屋根に替えようと大工に依頼しました。
茅は屋根の角度が急でないと葺けませんが、瓦は逆に緩やかでないといけません。そこで大工は、部屋を構成する壁・柱・梁といった「軸組」はそのままで、屋根を支える「小屋組」ごと取っ払い、2階にも「軸組」を付け足して座敷を設けたのです。つまり、1階建てだった茅葺き民家を、2階建ての瓦屋根に大改造したのです。
来客を迎えるための座敷は、通常1階に作るもの。それを2階にも作った明確な理由はわかりません。おそらく、眺望の良い2階で景色を楽しみながら宴会したい、なんて考えた人々がいたのでしょう。
昔の山村に暮らす人々は、暗い囲炉裏端で慎ましく暮らしている・・・なんてシーンを浮かべがちですが、実態はそうでもなかったのではないでしょうか。それぞれのスタイルで、豊かさを感じながら明るく過ごしていたのではないだろうか・・・2階座敷のような創意を見ていると、そんな風に思えます。

新川・田篭地区の古民家として重要文化財にも指定されている平川家住宅

時代に埋もれた「田舎の知恵と景観」を廃れさせるのはもったいない。

広島工業大学の近辺にもどんどん出かけたいと思います。必ずしも中山間地域でなくとも、古くからの景色が残る地域なら、研究対象はたくさん見出だせるでしょう。岩国には足を運ぶ予定にしていますし、大学の地元の五日市にも、興味深い所がたくさんあります。宮島など島しょ部も訪れてみたいですね。
第二次世界大戦が終わり、高度経済成長期を迎える頃から、日本人の価値観は画一化したように思います。大量生産・大量消費を是とし、経済・産業優先という時代の中で、古くからの田舎は切り捨てられてきました。
しかし棚田や古民家の例からも分かるように、そこには地域のさまざまな工夫が込められており、豊かな暮らしという成果を生んできたのです。すっかり埋もれてしまっているそれらの価値を発掘すれば、魅力を感じる人もいるでしょう。また文化遺産として、人々をひきつける資源となるかもしれません。
何より、このまま廃れるままにしてしまうのはもったいないと思いませんか。画期的な知恵と、美しい景観があるのですから。自分たちの地域に価値があるとわかれば、そこに暮らす人々も元気や誇りが出るはずです。

うきは地区の棚田で学生とともに稲作にも参加。11月には新米祭りを開催し、地域の人々と楽しいひとときを過ごした。(天満先生のFacebookから引用)

ゼミ取材 こぼれ話
著名な遺跡であれば文献などが残っており、背景や歴史を調べることができます。しかし中山間地域の棚田や古民家の場合、いつ誰が作ったか、などの記録が残されているケースはまれ。古くから暮らす人々に尋ね、昔の暮らしはどうだったか、彼らの話に耳を傾けることを重ねていくしかありません。「そうやって人々の話を聞くと、どんな風習があったのか、集落の中で人々はどのように付き合っていたのか、といったことが見えてきます。そんなフィールドワークを続けていると、建築などの一つの学問領域を超え、環境心理学、民俗学、文化人類学などへと広がっていくのを感じます。そんな風に研究の幅が広がっていくのも楽しいですよ。好奇心がどんどん刺激されます」と先生は笑います。