木下 隆さん

日本製紙株式会社

岩国工場 施設部勤務

1974年 工学部 機械工学科 卒業

大学祭での陶器づくりの思い出。

プラモデルやラジコンなどのものづくりが好きで、それを極めてやろう。
そんな気持ちで広島工大へ。設備にも自然にも恵まれた環境で勉学する一方、旅行や遊びも大いに満喫しました。たくさんの思い出の中で、特に印象深いのは大学祭での出店です。

というのも、わが機械材料ゼミのみんなで、ふだんは金属材料の熱処理実験に使っている電気炉を利用して、陶器づくりを企画。宮島の窯元に指導を仰いだり、材料を提供していただいたりして、花瓶、灰皿、ブローチをつくったんです。

これが期待以上に好評ですぐに品切れとなってしまい、徹夜して、再度製作に当たったことを昨日のように覚えています。

設備を設計する上で最も大切なこと。

広島工大を出た私は、日本製紙(当時の社名は山陽国策パルプ)に入社。これまで、設計、製造現場、研究開発などの仕事に主に取り組み、現在の勤務地である岩国工場をはじめ、東松山工場、東京研究所などで幅広く業務を体験してきました。

技術屋の仕事は、製造現場(ユーザ)から依頼された設備の設計や改造工事から、大規模な設備建設まで実に多彩。自分が開発・設計に携わった設備が、順調に稼働している様子を見るのは何とも気持ちが良いものです。

紙をどのようにして作り、仕上げていくのか。現場の声を素直に聞き、本質をつかむことなくしては、どんな設備も設計できません。そして、この点において工大で学んだ知識や体験が役立ち、今も活かされていると感謝しています。

一級建築士を取得。さらに挑戦は続く。

これまで働いてきた中で、特に嬉しかったのは、30代後半のころに建築業務を体験できたこと。

それまで機械の設備ばかりに取り組んでいた私でしたが、初めての建築の仕事を通していろいろなことを学びました。しかも、そのチャンスを活かして一級建築士の資格にチャレンジ。みごと取得することができました。

その後も、危険物屋内貯蔵所の新設や社内の集合住宅の飲料水供給設備の設計に取り組むなど、より幅広いジャンルで技術を磨いてきました。

大企業といえども、倒産やリストラなど社会が激しく厳しく変化しても、決してその波にのみこまれず、困難を克服していくエネルギーとなるのは、やはりものづくりへの熱い思い。この気持ちを忘れることなく、これからも日々精進していくつもりです。