2012年度卒業式式辞(2013年3月16日)

2012年度に卒業・修了された皆さんへ

近年になく寒い日が多かった冬の季節も終わり、キャンパス内の梅もきれいに咲いています。春の訪れを感じます。

皆さんがいよいよ学び舎から巣立つ今日のよき日に、多数のご来賓ならびに保護者の皆様のご臨席を賜り、平成24年度広島工業大学 大学院学位記、卒業証書・学位記授与式を盛大に挙行できますことは、本学の光栄とするところであり、教職員を代表して心から御礼を申し上げます。

本日、ここに集われた886名の学部卒業生、46名の大学院博士前期課程修了生、そして、博士(工学)の学位を取得された松岡伸吾さん。おめでとうございます。この卒業と修了の式にあたり、これまで皆さんが尽くされた努力と研鑚に対し、学校法人鶴学園と広島工業大学を代表し、心より敬意を表するとともに、お喜びを申し上げます。

ご来賓の皆様におかれましては、年度末を迎えご多忙のところ、卒業生・修了生の門出をお祝いいただきまして、誠にありがとうございます。

そして何よりも、長年にわたり、本学の教育運営に、深いご理解とご支援を賜りました保護者の皆様、高いところから失礼いたしますが、ご子女のご卒業・修了、誠におめでとうございます。ご子女の本日の晴れ姿をご覧になって、大変お喜びになっておられるものと拝察し、心からお祝いを申し上げます。

さて、卒業生および修了生の皆さんは、本学で過ごされた学生生活のなかで、いろいろな経験をされたと思います。大学とはどんなところだろうと期待と不安を抱えて臨んだ入学式。そのすぐ後に開催されたオリゼミ。体育祭や工大祭、そしてクラブ活動で流した汗と涙。夜遅くまで仲間と一緒に打ち込んだ卒業研究。厳しい社会経済情勢のもとで取り組んだ就職活動など、一生忘れることのない貴重な思い出をたくさん作ったことと思います。

こういった思い出をしっかりと胸に刻み、その経験を生かして、近い将来、皆さんが家族のために、地域社会のために、そして日本のために活躍されることを期待しています。

ただ、これから皆さんが飛び込んでいく世の中は、何事も順調に進むというものではありません。混沌として不確実な時代と言われる現代社会を、また激しい競争社会を、生き抜かなければなりません。昨年末に発足した新政権により、株価の上昇、円安による輸出産業への好影響などは見られますが、かつて右肩上がりの成長を続けていた活気のある経済状況には、まだまだ及びません。バブル経済崩壊以降は、失われた20年と言われ、世界第二位となった経済大国の座から滑り落ちてしまいました。多くの国民が景気回復を実感できるまでは、もうしばらく時間がかかるものと思われます。

この経済の低迷を招いた理由の一つとして、20世紀の終わりからはじまった世界経済のグローバル化への動きに対して、日本はその対応が遅れてしまったという指摘があります。1989年にベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツが統合しました。しばらくして、多くの東ヨーロッパ諸国は、EUへ加盟をするようになりました。莫大な人口を抱える中国が、世界の自由経済に乗り込んできました。アメリカは、ベンチャービジネスを次々と立ち上げ、情報産業において世界の中心となっています。このように世界がどんどん変化する中で、日本は世界で二番目に豊かな国になったということに満足し、さらなる発展への努力を忘れてしまったかのようでした。日本だけがほとんど変わらなかったのです。

私は皆さんに、そんな日本社会に活性化をもたらしてもらいたいと期待しています。そこで、卒業する皆さんに、私から一つの言葉を送ります。それは、『障子を開けてみよ。外は広いぞ』という言葉です。

この言葉は、トヨタグループの礎を築かれた豊田佐吉氏によって残されたものです。豊田佐吉は、慶応3(1867)年2月14日に、現在の静岡県湖西市に生まれました。佐吉は、小学校を卒業すると父親の大工仕事を手伝っていましたが、貧困にあえぐ村の暮らしを見て、学問の必要性を痛感し、東京から新聞を取り寄せたり、村の同志を集めて夜学の勉強会を開いたりしていました。

そんな中、機を織る母の姿を見て、仕上げるのに多くの時間と労力を費やす必要があった手機の改良を志し、寝食を忘れて研究・工夫に熱中したそうです。しかし、織機に関しての知識もなく、周囲の理解も得られない佐吉にとって、この研究は困難を極めました。それでも佐吉は決してあきらめず、発明に精進しました。

そして、明治23(1890)年、ついに最初の発明「豊田式木製人力織機」を完成させました。その後、会社を立ち上げ、この織機を世界に広めたいと考えるようになったのですが、海外進出に反対する会社の幹部がいました。その幹部に対して言ったのが、『障子を開けてみよ。外は広いぞ』という言葉です。

私なりの解釈ですが、"障子の向こうには、きっと今まで見たことのない世界が広がっている。障子を開くことで新しい世界が見える。そこには、自分たちの力を発揮できる無限の可能性があるぞ。そこにかけてみないか"ということを言いたかったのではないでしょうか。

この豊田佐吉の精神を受け継ぎ誕生したトヨタ自動車は、やがて世界一の自動車メーカーとなりました。昨年、尖閣諸島を巡る日中関係悪化を受け、トヨタの中国での売り上げは大きく落ち込みましたが、北米、中近東、東南アジアでの販売は好調を維持し、コスト削減を実施し、トヨタの業績は回復して行きました。さらに今年になってからの円安で、営業利益は従来予想よりもかなり増えるようです。トヨタは、多くの企業が中国へ、中国へと言っている中で、中国だけに偏る事業展開のリスクを予測していたのではないでしょうか。そのための対策を、しっかりと準備していたのではないでしょうか。それは、佐吉の精神を受け継ぎ、常に障子を開けて、外を見ていたからこその結果だと思います。

最近の若者に対し、内向きで元気がない、という批判がしばしば聞かれます。景気の低迷にもよりますが、勉強のために海外へ出かけていく若者が少なくなっています。また、与えられた仕事をこなしていく事務処理能力は高いが、自分で何かを考える独創力が弱いという意見もあります。外へ向けて障子を開けていないかのようです。たとえ障子を開けたとしても、新しいものにはチャレンジせず、自分だけの満足で終わっているかのようです。

本日、広島工業大学を卒業していく皆さんの眼の前には、新しい障子があります。これから障子を開け、変化する世の中をしっかりと見てください。グローバル化への障子を自らの手でこじ開け、そこに飛び込んで行き、活躍してくれることを期待しています。そして自分で、何のために生きるのかという目的をつくり、挑戦していく人になってくれることを願っています。

広島工業大学では、建学の精神『教育は愛なり』と教育方針『常に神と共に歩み社会に奉仕する』に基づいた人間形成の教育を皆さんに授けました。そして、日本社会を元気にする工学、情報学、環境学の基礎を教えてきました。

皆さんが、これらをしっかりと持って、倫理観ある技術者として成長し、これから活躍されんことを祈念して式辞といたします。

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