2012年度入学式式辞(2012年4月4日)

2012年度に入学された皆さんへ

今年は、春の訪れが例年より遅く、桜の花が、ようやく咲き始めました。

本日、大きな可能性に瞳を輝かせて、広島工業大学に入学してこられた、大学院44名、学部1,077名の新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。私たち広島工業大学教職員一同は、皆さんのご入学を心より歓迎申し上げます。

特に、本年から誕生した生命学部新入生の皆さんには、広島工業大学の新しい歴史の一歩をしっかりと刻んでいただきたいと思います。

高いところから失礼しますが、保護者の皆様、ご子女のご入学、誠におめでとうございます。学校法人鶴学園、そして広島工業大学を代表し、心よりお喜びを申し上げます。

また、ご来賓の皆様におかれましては、本日は、ご多忙のところ新入生の門出をお祝いしていただきまして、誠にありがとうございます。

広島工業大学は、学校法人鶴学園という組織の中にある学校です。鶴学園には、広島工業大学をはじめとして、6つの学校があります。そして学園には、共通する教育理念として、二つの大きな柱があります。一つは、建学の精神『教育は愛なり』、もう一つは、教育方針『常に神と共に歩み社会に奉仕する』です。

建学の精神『教育は愛なり』という言葉は、本学園の校祖である鶴 虎太郎先生の言葉です。この"愛"とは、「想い」を持って教育にあたること、つまり「学生の現実にきちんと向き合い、どういう教育をどのようなプログラムで展開すべきか」、「それが学生の何を養うことになるのか」、そして「それがどのような人材育成につながるのか」という「想い」を常に持ち、学生の可能性を信じて教育にあたることです。

教育方針の『常に神と共に歩み社会に奉仕する』という言葉は、本学園創立者の鶴 襄先生の言葉です。そこには、しっかりとした倫理観を持ち、何事にも感謝をしながら、真面目に努力し、額に汗して社会に奉仕する人間になってもらいたいという願いが込められています。私たちは、それが叶うように「現在行っている教育方法、指導方法はこれでいいのか」、「もっと工夫できることはないか」、「学生に何をしてやればよいか」という問いかけをしながら、教育の質の向上を目指してきましたし、これは今後も変わることはありません。

この建学の精神と教育方針にのっとり、私たちは今日から皆さんを大切に育ててまいります。

さて、最近、大学関係者の間で大きな話題となっているのが、東京大学が新入生の受け入れを春から秋へ変更してはどうかという、いわゆる秋入学への検討に入ったことです。この問題がどのような決着を見るのかには、まだまだ時間がかかるでしょう。高校卒業から大学入学までの半年間をどうするのか、就職活動の見直しが必要ではないか、などの議論がこれから始まると思われます。ただ、東京大学がこの検討に入った背景には、大学としてもグローバル化への対応が避けて通れなくなってきたという事情があります。

海外の多くの国では、大学の秋入学制度を取り入れています。このグローバルスタンダードと比較し、春入学制度をとっている日本の大学では、留学生の受け入れや派遣に支障が生じることがあります。この問題解決のために、国際化を進め、優秀な学生を育て、日本の発展を目指したい、というのが東京大学の考えであり、日本のいくつかの大学がそれに前向きな姿勢を示しています。

大学を卒業した若者を迎え入れる産業界は、コミュニケーション能力や課題解決能力を備えたグローバル人材の必要性を唱えており、大学の秋入学に賛成の意向を示している経営者が多いようです。ただ、ここで注意しなければならないのは、グローバル人材とは、単に外国語が堪能である、というだけではないということです。

お菓子会社「ユーハイム」の河本社長様は、『グローバル人材とは、「自分の意見を持ち、仕事ができ、外国語でコミュニケーションできる能力があり、奉仕の精神で世のため人のために尽くす人材」である。単に外国語が堪能であればいいわけではない』と言っておられます。さらに『産業界で働くためには、まずは仕事ができることが重要だ。頭でっかちではなく、リーダーシップがあり、他人とコミュニケーションが取れ、様々な課題を見つけ解決できる力が大切だ。「人間的偏差値」が高い人材である。いくら語学ができてスキル(技能)と知識があっても、マインド(心)とバーチュー(美徳)がなければ仕事はできない』と続けられています。

私も同感であります。マインド(心)とバーチュー(美徳)を磨くということは、自らの人間性を高めることです。本学園の教育方針『常に神と共に歩み社会に奉仕する』という言葉は、人間性を高めることを説いています。自分のことだけを考えていては人生の成功はない。人間はいつの時代でも、燃えるような情熱を持って、真面目に、一生懸命に努力を重ねること、そして、少しばかりの成功に酔いしれることなく、謙虚さを忘れないことが大切である。そういった心の持ち方が、周りの人、社会への奉仕につながっていく。そうすることによって、自分だけでなく、他人も社会も幸せになるのだ、という意味が込められています。この教えは、グローバル人材と通ずるものがあると私は考えます。現代社会では、そういった人材が望まれています。

では、そういったグローバル人材となるには、どのような方法があるでしょうか? 私は、提案を二つ示したいと思います。

一つは、学びの姿勢を変えましょうという提案です。皆さんのこれまでの勉強は、どちらかと言えば、先生などから教えてもらう、それを知識として集積するという受け身のスタイルが多かったのではないでしょうか。大学においても教えてもらうことは多くありますが、何より大事なことは、自ら学ぶ、自ら取り組むといった能動的な姿勢です。新入生の皆さんは、大学に入学したことによって、専門的なことを教えてもらうことを期待しているでしょう。私たちは、その期待に応えるべく、多彩で体系的なカリキュラムを準備しています。たくさん学んでもらいたい。ただそのとき、能動的に学ぶということをいつも念頭に置いていただきたいのです。皆さんが生きる未来社会においては、こうした姿勢がことのほか求められるからです。今日、開発途上国の若者の生きるエネルギーには、目を見張るものがあります。彼らは、学びに多くの時間をかけているだけではありません。彼らの学びの姿勢の積極さこそ学ぶべき点です。

二つ目は、今説明しました「自ら学ぶ、自ら取り組むといった能動的な姿勢」を作るには、本を読まなければだめだ、という提案です。現代社会では、インターネットへアクセスすることによって、なんでも簡単に情報が手に入ります。しかし、情報の中には、単なるうわべだけの情報で、問題点を奥深くまで探っていない情報があります。また、正しい情報と間違った情報が入り乱れている、といったことがあります。さらに、簡単に得た情報は、それを見ることによって満足し、すぐに忘れてしまうという傾向もあります。コピー&ペーストで、なんだか学んだような錯覚に陥ることを警戒しましょう。

本を読む、という行為は、他者の生き様を追体験するということです。私たちは本の中で、Aさんの悲しさや喜びを共有するのです。どんなふうにこの装置を開発したのか、B博士の思考の過程をたどるのです。C社長の人生録を読むとき、困難と闘うその苦しみに心を共振させるのです。読書しているとき、私たちは誰しも、このように心を振るわせ、ひらめきの謎に驚き、何より書き手と同じように「考えている」のです。今も昔も、それは変わらなく大切な学びの基本の姿なのです。

つまり、本を読む、読書量を増やすことが大切なのは、自分で考える力を養うからです。それは不可欠な人間的基礎力です。真のグローバル人材へと育ってもらうには、特に必要なものと考えます。

なお、大学は勉強ばかりするところではありません。クラブ活動やインターンシップなどを通して、多くの友人を作ったり、社会の勉強をする機会もたくさん用意されています。健康に十分注意しながら、様々な体験を積んで充実した学生生活を送ってください。

私たちは今日から、皆さんに建学の精神と教育方針に基づいた教育を展開してまいります。基礎教育、専門教育をしっかりと学び、高い倫理観を持った人間として、大きくたくましく成長されることを楽しみにしています。そして、やがて皆さんが、技術立国日本を背負う倫理観ある技術者、グローバル人材として活躍されることを期待し、本日の入学に際しての式辞とします。

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